
発達障害の子を育てて20年の母です。
今日は、ディスレクシアの人の脳のはたらきについて丁寧にまとめられた本を紹介します。
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ディスレクシア(識字障害、LD)とは、ざっくり言うと、文字や数字のかたちを理解できなかったり覚えづらかったりする特性を指して言われることが多いです。
ですがこの本を読んで、そういった特性はディスレクシアのひとの「一部のできないこと」でしかないし、そこばかりに焦点が当たっている状況が多いのだと分かりました。
わたしは身近にこういう特性をもった人がいないこともあって初めて知ることが多く、ディスレクシアの人(脳)だからすごくできることがあるという話は驚きました。
この本の著者と立場、メリットについて
ちょっとお高いですが、情報量が多い本です。
著者夫妻はディスレクシア専門のクリニックをひらいている医師であり、夫さんのほうは脳科学者でもあります。脳科学の観点から、ディスレクシア脳の特徴がガチで詳しく解説されています。
さまざまな子どもやその家族への聞き取りから、「実は親が、祖父が、同じような特性があり、このような素晴らしい才能を活かしてプロフェッショナルの道を歩んだ」といった、家族をひっくるめた具体的なエピソードがたくさん出てくるのが、この本のすぐれた点であると思います。
そういったプライベートでもらいかたが難しい話こそ、実際に子どものディスレクシアについて悩んでいるご家族にとっては聞きたいところなのではないかと思います。
来院者たちが家族の話を細かに打ち明けることができたのは、著者夫妻がディスレクシアの方々を診てきた態度によるところが大きいように感じました。
一貫してディスレクシアの方々に対してあたたかくポジティブで、希望をもって先へ進んでほしいというメッセージを感じられる一冊です。
最終章では、ディスレクシアの人たちが読みと書きを克服していく方法が概論的にまとめられています。具体的にどうトレーニング内容として落とし込んでいくのかは、専門家でないと難しいように感じました。
具体的ですぐ実践できそうなトレーニング方法については、ほかの本をあたってみることをおすすめします。
できないというか、脳の仕組みが違うんだ
本書ではまず、脳や記憶の仕組みについて丁寧な解説がなされています。
その上で、ディスレクシア脳は一般的な脳と、構造や機能がちょっと違うんだという話が展開されています。
「一般とは違う方法で、違うことができるようにつくられた脳である」
という解説にわたしは衝撃を受けました。
言われてみれば、どうしてわたしたちは、同じ学習方法を子どもたち全員がやるべきだと思い込んできたのでしょう??
トレーニングで読み書きが上達した事例も紹介されていますが、それは「彼らなりのやりかたで出来るようになった」という事だそうです。
持っている脳のしくみを変えようと頑張ってもそこには限界があるし、変えなくていいし、変えられないことなのだろうなとわたしは思いました。
この本では、ディスレクシアの脳には下記の秀でた能力があることがまとめられています。
- 空間のイメージを立体的につかんで「こうなんじゃないか?」と推論する能力(空間把握能力)
- 異なるものごとや学問などのつながりを関係づけて考察する能力(相互関係性把握能力)
- ストーリーを仕立てる能力(物語理解能力)
- 直感で予測や結論を見い出す能力(シミュレーション能力)
おおまかに言うと、ものごとや情報を上のほうから、全体像を眺めるように観察して理解する能力が高い。それゆえ、いくつかのものごと(情報・学問など)のつながりを見つけていく力にも秀でているということのようです。
右脳的直感で結論はすぐゲットできるんだけど、その説明ができるようになるまでには時間がかかるし、洞察中はボーっとしてるように見えるという特徴もあるようです。
それぞれの人が特殊なイメージのしかた、情報のまとめかたを持っていて、そこに文字情報はあまり要らないんですね。。
(本書では、この能力を活かして成功した作家や起業家の例が、彼らの特性やストーリーをきちんと説明するテイで書かれています)
その能力の代償として、細かいものを区別するのが苦手っていう。。
わたしたちがディスレクシアと言うとき、この苦手なところしか見ていないことが多いように思います。
たしかに、子どもが文字や数字を読めない!書けない!という壁に当たったとき、わたしたちはショックを受けますし、知能の遅れを疑いやすいものです。
これまでに発達障害の記事を書いていて何度も戻ってくる話になりますが、ここでも、子どもをよく観察することが大切だと思いました。
例えば、本を読めなくても本を読んでもらうことが大好きな子は、知能が遅れていると言い切ってしまっていいものでしょうか?
本の内容に理解と興味を示している、という事実があればそこにも注目して判断するものだと思われます。
「子どもが読み書きができない、どうしよう」と親がしんどくなるのは、
子どもたちが早々に読み書きの訓練から入る場所(学校)におさまらざるを得ない、
多くの同年代の子たちと比較されやすい、
という環境側の問題ではないかとわたしは考えています。
(実際に、本書で紹介されているエピソードの人物たちは、学校での文字中心学習のしんどさが終わった辺りから、能力をおおいに活用し始めています)
現在は、国連や日本の障害者差別解消法のもとに、学びの場では人それぞれの特性に合うようにやりかたを工夫する「合理的配慮」をするように提唱されています。
子どもの特性に気付いたら、子どもを見てくれている人たちと協力して
- その子がどこまでならできるのか、を観察する
- その子ができるやりかた を見つける
- その子が実は得意なこと、好きなこと を見つける
をコツコツやっていくに尽きるんじゃないかと、今回のディスレクシアのお話でも感じました。